映画『下妻物語』では、両極端の存在として描かれたのがヤンキーとロリータである。だが、男性ならば、ロリータは「オタク」にすり替わるのかもしれない。
この世を大きく分けるならば、ヤンキーとオタクの2種類しかいない。ということだろうか。
メディアというフィルターを通した「オタク」像は、身なりにかまわず素材は悪く、思いつめると何をするかわからないメンヘラ気質で描かれていることが多かった。
でも、今はそこまで“悪”として描かれることもない。これはひとえに「推し」という言葉とカルチャーそのものが浸透したからでしょうか。何を推しても自由。何を好きでも自由。
だが、この映画で描かれている「オタク」とその推しは、ひたすら不幸そうなのである。
2018年の映画『よい子の殺人犯』。台湾映画。
この映画はまず邦題が悪い。原題では、主人公が愛してやまない漫画のキャラクターの名前「ボビータ」(ボビッターという翻訳もあるけどどっちなんでしょね)が入った、直訳すると「素晴らしいボビータ」というタイトル。
主人公はニートで、親に促されても就職せずにブラブラ、オタ活しかしていない男。オタ友の美人彼女に片思い中。父親は兄とともに飛び降り自殺をしており、祖父は認知症というなかなかヘビーな家庭環境でもある。つまり、全然よいこではない。まあまあのクズ。
そんな彼がどうして犯罪に手を染めるのか?
理由は2つ。
- 死んだ父の弟(クズ)が若い彼女とともに転がり込んできて好き放題やらかすのが耐えられない。
- 横恋慕してるオタ友の彼女の期待に応えられなったから。
という、わりと「お、おう…」という感じの理由でした。俗物のおじという家庭クラッシャーに家をめちゃくちゃにされるのは非常に後味が悪そうですが、そこまで引っ掻き回すこともなかったですね。家で飲み会と賭け事をするとか、勝手にいいおかず食われるとか、されたら嫌だけど想像よりは悪くなかった(何を想像していたんだ私は)。
それよりも恋愛面のトラブルに触れておきたい。この映画のヒロイン、いやクソオンナ、通称イチゴちゃんが非常に悪い女なのだ。嫌いなおじさんの家の玄関と靴に放尿するように主人公に命じたり、車を一緒にボコボコにしたり、一方で1つのアイスを分けて食べたり、チュウしてきたり… と、過激な暴力体験を共有させて“俺もこんな過激なことができるようになって成長したかも”と誤認させ、かつめちゃくちゃ優しくてイチャついてあげて… というオタ殺しの女なのであります。
彼女がどうしても欲しがった着ぐるみをオークションで落札するために、じいちゃんの口座から金を盗んだ主人公。しかし、それは偽物で、イチゴは怒ってしまいます。
それを見てオロオロウルウルしながらパニックと興奮で泣いちゃう主人公。この描写は素晴らしいですね。主人公の子供っぽさが全面に出ております。だって、好きな女がぷりぷりして怒っているだけなのに。
言動の幼さ、「いやそんなことで泣かんでも」ということで涙を浮かべる空気の読めなさ、経験値の少なさ。すべてが察せられるシーンです。
ただ、こんなことしてても俳優さんのルックスはめちゃくちゃいいのですよ。ホント。まあ、素材の良いオタクさんもたくさんいますよね。でも違和感はある。
まあ、それはいいんだ。この映画、これ以外にもかなりつっこみどころが満載です。
そもそも、日本アニメのオタクをしている台湾人青年が主人公なのですが… この日本アニメは手作り感満載です。フラッシュアニメ(チャー研みたい)だし、日本語もカタコト。
「イショニ ヨメヲ カナエテ ミセルー↑」(一緒に夢を叶えてみせる!)というセリフを叫ぶ主人公と、アイコンキャラっぽいボビータ。
ボビータってなんのキャラのイメージなんだろ。
他にも気になるところはたくさんあります。
- 「コアラのマーチのボビータ限定パッケージを買ってきたぞ!」というモブ。みかん味だと言い張るモブだが、普通のチョコ味でガックリ。「偽物だよ!」と和気あいあいとしますが、現在の日本では偽物のお菓子はそうそう流通しないんですが…
- おじさんと彼女の合体をのぞくおじいちゃんと主人公。非常にアホらしい。
- 喧嘩中におじさんの彼女、バナナをむぐむぐ食べる。喧嘩中にバナナを食べる女ってシュールですね。
- 「2ちゃんねるでは…」とうんちくをたれる主人公。は、恥ずかしい…!
- ボビータファンのオタ女の解像度が高い。オタ女ってロリータっぽく描かれたりすることもありますが、この映画の女オタは非常にそれっぽい。
気になるラストシーンは切ないといえば切ない。
- イチゴにそそのかされてネットオークションでグッズを購入するも偽物
- 家に帰るとおじさんにボコられて失神
- 主人公が購入した着ぐるみを着てじいちゃん徘徊、そのまま転落死
- 自責の念に苦しみつつおじいちゃんの葬儀でブチギレちゃう主人公、おじさんと元カノを切りつける
書いていて思ったのですが、想像以下の薄さ。よわよわパンチって感じのオチ。スプラッターというよりは、オタ青年の心の機微を描いたお話なんですね。
オーケンの「グミチョコレートパイン」にちょっと通じるものがある。
それはそうと、コアラのマーチの件が気になったので調べてみました。タイとかマレーシア、韓国中国、ジャカルタとかで似たようなお菓子(コアラがパッケージにいるチョコ菓子)があるんですね。どうでもいい知識が深まりました。