「レッド・ファミリー」

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今年見た映画のなかでは、ベストなんじゃないかと思っている。「レッド・ファミリー」。2013年の韓国映画です。
ホラー映画ではないのですが、この登場人物たちが置かれている環境や人生を考えると、もう涙が止まらないのであります。
と、監督を調べてみたら私の大好きな映画「悪い男」を撮影しているキム・ギドク監督が脚本と製作を担当していたのか……!
この監督、「映画は映画だ」とか「俳優は俳優だ」とかも最近撮ってますよね(すごく評判がいいんだが、タイトルが気になる)。気になっていたのですが、いっぱい見よう。と思いました。キム・ギドクさんは生きているのに地獄でもがいているような感じの作品をよく撮られています。

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あらすじ

韓国の鬼才キム・ギドク監督の脚本・製作で贈る笑いと涙の感動スパイ・サスペンス・コメディ。韓国で理想の家族を演じながら非情な任務をこなす北朝鮮の工作員男女4人が、隣人のダメ一家との交流をきっかけに国家と家族の狭間で揺れ動くさまと、やがて彼らを待ち受ける過酷な運命を、シリアスな中にもユーモアを織り交ぜスリリングに綴る。監督はキム・ギドクに抜擢され、本作で記念すべき長編デビューを飾ったイ・ジュヒョン。

郊外の住宅地に暮らす仲睦まじい4人家族。ところが、その正体は妻役のベクを班長とする北朝鮮のスパイ・グループだった。彼らは表では理想の家族を演じつつ、裏では祖国の指示に従い、偵察や脱北者の暗殺という任務を忠実に遂行していた。そんなベクたちの隣には、ケンカの絶えない韓国のダメ家族が住んでいた。彼らを腐敗した資本主義の象徴とバカにするベクたちだったが、図らずもそんな彼らとの交流が深まっていく。するとベクたちの心にも、祖国に残るそれぞれの本当の家族への想いが募っていくのだったが…。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=347089

登場人物

ベク・スンヘ:妻役を演じている班長。表ではおしとやかな美人妻だが、裏では誰よりも率先して任務に突き進む。祖国に娘を残してきている。
キム・ジェホン:夫役を演じている。おっとりしており、まだ工作員としては半人前という評価。祖国に妻と子供を残してきた。
チョ・ミョンシク:祖父役を演じている。韓国に20年以上おり、子どもや孫とも離れて暮らしている。病気を患っているが、それを隠している。
オ・ミンジ:娘役を演じている。まだ子供のため、思ったことをすぐ口に出してしまうところも。隣の家の少年と惹かれあっている。

冒頭はコメディのような雰囲気を漂わせていますが、物語が進んでいくにつれ、彼らの背負っている重荷がはっきりとしてきます。
「祖国のために、任務を果たす」「しかし、その任務を本当はやりたくない」「だが、それを今更放棄すれば祖国の家族の身が危ない」という、板挟みのような状態。
中盤から後半にかけてはずっと泣いていた。それくらい素晴らしい作品だと思います。
(別に感動するようなことがあるわけでもないのですが、描写がいちいち胸を抉るのであります)

ネタバレ

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仲睦まじく休日を楽しむ一家。ですが、実は彼らは韓国に潜入している北朝鮮の工作員たち。
表では義父と夫に尽くしていますが、本当は妻が班長。無駄口を叩くと容赦なくキックと暴言が飛んできます。

隣の韓国人一家は、問題ばかりです。妻と夫は喧嘩ばかり、息子はいじめられっ子。祖母が息子夫婦をたしなめますが、なかなかうまくいきません。
食べものは無駄にするし(そもそも妻は家事を放棄している)、服は大量に購入してはすぐ捨てる。このような行いを見て、スンヘはまたイライラ。
関係ないけど、隣の家のメニューが「トッポギとおでん」っていうのにちょっと笑ってしまった。

工作員の彼らの仕事は、韓国の情報を集めること。そして、脱北した者を殺すことにあります。さすがに子どものミンジは力が足らないので見張り役なのかな?という感じですが、ほかの3人は命じられるままに脱北者を処罰しなければなりません。普段は頼りないミョンシクおじいちゃんも、この時は率先して処罰に関わります。というよりも、他の人の手を汚させないようにしているという印象も受けます。

脱北した家族を殺さなければいけない時もあります。赤ちゃんもその対象になっており、それを自分でやるというスンヘ。しかし、彼女の手はブルブル震えており、ショックは隠しきれません。

このあたりで何も知らない私ではありますが、気付くわけです。
この人たちも普通の人間なのだなあと。訓練されたとはいえ、普通の感情を持つ人たちがなぜこんなことをしなければいけないのか?
そのことにとても、とても考えさせられるのであります。

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なぜか、隣の家の人と交流を持つことになった偽一家。ミョンシクおじいちゃんは隣の家のおばあちゃん(この人はいい人)と交流を持ち、一緒にお出かけしたりすることもあります。おばあちゃんは彼を好きなのかも?ミンジも隣の家の息子と惹かれあいます。

隣の家の少年はいじめられているのですが、実は体術の使い手であるミンジがいじめっ子たちをこっそりこてんぱんに殴ってしまうシーンもあるのですが、ここらへんはコミカル。

しかし、ミョンシクがガンを患っていて余命わずかであることが判明。
それももちろん大変ですが、ジェホンの妻と子どもが脱北を図ったことで、命が危ないことを知ったスンヘは暴走してしまいます。
スンヘは有名な脱北者を殺してジェホンの家族に恩赦をもらえないかと頼もうとするのですが、実は殺した相手が二重スパイ!彼女が殺したのは、貴重な情報源だったのです。

一転、追い込まれてしまったスンヘたち。彼らは自分たちの命をもって、失敗を償わなければならなくなります。
しかし、このままだと北朝鮮に遺してきた家族すら処罰の対象になってしまう(!)。だから、それだけは許してほしいと懇願して、ある条件を出されます。

それこそ「お前たちに危険な思想を与えたのは隣の一家だ。だから、隣の一家を殺せ」というものでした。
大喧嘩をしながらも、本音をぶつけ合い、それでも離れない隣の一家。
彼らは当初、隣の家族をバカにしていました。ですが、横でつぶさに観察をしていて「あれこそが本当の家族なんじゃないか」と思うようになるのです。
その彼らを殺すために、一緒に無人島に出かけることにしたスンヘたち。最後の夜ですが、彼らのとる行動とは果たして―。

ミョンシク、ジェホン、ミンジは自分たちを見張っている工作員たちを縛り上げて懇願します。
「隣の家族は殺せない、助けてやってくれ」と。「どうせ自分たちは死ぬんだから、もう隣の人を殺したって何の意味もないじゃないか」と訴えるのです。
彼らの涙ながらの説得が工作員たちにも響き、隣の一家を殺す任務だけは解かれます。
しかし彼らは朝を待たずして拘束され、船の上に乗せられて連れ去られます。

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4人の手には1本の針金を通され(!)、手足を縛られ、逃げられないようにされます。
死ぬ直前に彼らが始めたのは……隣の家の会話のマネ。妻と夫が本音で大喧嘩して、子どもがそれに油を注ぎ、祖父は頭を抱えて嘆く。最後には仲直りをして、いつも通りの生活に戻る。
そんな一家の様子をよく観察していた4人は、そらで同じセリフを言い、涙を流します。号泣して泣き叫びながら、それでも隣の家族のマネをします。
躊躇する工作員たち。

しかし、ミョンシクは突然苦しみ出し、胸を押さえて倒れてしまいます。スンヘはおそらく舌を噛み切り、ジェホンは船に頭を打ち付けて死亡。泣き叫ぶミンジ。
なんだか、「ムカデ人間」を思わせる展開だなあ(手が数珠つなぎになってるし)。いや、全然違うのですが、どっちも絶望的ではあります。

置き去りにされた隣の一家はスンヘたちが急に引っ越したと思い、「薄情だねエ」とお怒り。いつも通りの日常に戻っていきます。
またいじめられるようになる息子。しかし、いじめられている彼に目の前にある人が現れ、いじめっ子は逃げ出します。そう、ミンジです。

ここで物語が終わるのですが、「ミンジだけは助けてあげて」という懇願を受け入れたのか?
工作員たちを監視している側の工作員にも、思うところがあったのか?
と考えさせられます。(考えさせられてばっかりだな!)

最初は「鋼鉄の女」のようだったスンヘが実は非常にナイーヴな性格だったり、酔ってジェホンに「一度も一緒のベッドで休んだことがないのに、それでも私たちは夫婦なのよね」と言ってみたり(ジェホンに一緒に寝てほしいようなそぶりをするのですが、彼は気付かずに部屋を後にします)。ミンジと同じ年だという娘を守るために、彼女は工作員活動を続けているのです。
ジェホンも自分のためにスンヘが暴走したことを知り、愕然とします。
ミョンシクは、会えなかった家族のことを思って死んでいきます。

スンヘよりも偉い工作員(立場がわからない)は身分を偽り自分の町工場で働いているのですが、近くの食堂?のおばちゃんを孕ませてしまいます。
彼にとってはどうでもいい、うっとうしい展開。
おばちゃんはのらりくらりとするおじさんを怒って問い詰めますが、その際に拳銃を発見してしまいます。
そのことで慌てて逃げるか、それとも通報するか。一瞬躊躇したおばちゃんですが、「あんたが工作員でも関係ないさ。子どものために、私の親にあいさつに行ってもらうんだから」とこのおじさんの服を着替えさせようとします。
このあたりの描写がうまいな~と思う。いや、「結婚したい女」というわけではないのですよ。もう、母として子どもを守らなきゃ!という描写でもあるし、そこまで愛してしまったことを素直に表現できないのかもしれない。

本当の家族だけど喧嘩ばかりしている隣の一家。
本当の家族でないから、喧嘩することなんて許されない偽一家。
本当の家族を求めるあまり、結びつきが強固になっていき、そのせいで死ぬことになってしまう。
これがフィクションでありながらも、どこかで起きていることかもしれない。その現実が恐ろしい。

なんで、こんなことで殺されなければいけないのか?なんで、そんなことで殺すのか?
その答えを考えれば考えるほどいたたまれなくなる映画なのです。
ちなみに、ミンジ役の女の子は昔の成海璃子ちゃんみたいな感じの顔をしていて、とってもかわいらしいです。
この映画については、まだまだ語りつくしていないことがあります。未見の方は絶対に見るべき映画だ!