けっこう前の映画なのは、レンタルはもちろん観るのも忘れていたからです。
2016年の邦画『EVIL IDOL SONG』。
売れないグラビアアイドル・佳奈が枕営業がバレて炎上、さらには後輩アイドルが自作した楽曲を横取りして歌手デビューすることを知り悪魔に変身、歌声で人を殺せるパワーを利用して暴走する…
だが、マネージャーによって彼女の企みは暴露され、追い詰められた佳奈は悪魔に変身。彼女に心酔する古参ファンや女社長とともに廃校にて「聞いたら死ぬ」ゲリラライブを開催することを決める―
という、ざっくり言ったらこんなストーリー。主演はもっとも脱げるシンガーソングライターだっけ?として活動していた藤田恵名さん。未レビューのホラー「血を吸う粘土」は良かった記憶(まあ、あれは特殊メイクと設定、脚本などが素晴らしいのだが)。
この映画の長所を述べるとしたら、やはり主題歌に尽きると思う。
楽曲に力を入れている邦画ホラーって意外とありますが、劇中でガンガン歌詞のある曲を入れられると集中できない。単純に観にくい。
しかし、この映画は「歌声で人を殺す」というルールがしっかりあるので、歌詞が邪魔にならない。むしろ、主人公の切なさとやるせなさが募っていくさまがよく描かれていると思う。
ちなみに、その歌声を聞くとどうなるか?
彼女のファンたちは、佳奈の歌声を聞いて耳から血を噴出させて倒れていく。耳から血が出るというのは現実では大変なことですが、フィクション(特に漫画など)ではギャグ描写として扱われることのほうが多い。でも、ギャグになっていない。いやごめんなさい、少し笑ったわ。
ホラー映画における飛び散る血は射精のメタファーと言われていますが(この理屈でいうと、ブロンドでバージンの主人公の顔に飛び散る血はガン○ャということになるらしい。よく考えればこの理屈を考え出した人もたいがいに気持ちが悪い気もする)、この映画においてもファンたちは切なくもうっとりと、文字通りに昇天していく。
と、いいところはあるのですが。
めちゃくちゃ気になるところが点在しているので、複雑な気持ちで見ていたのも事実です。
まず、2016年に製作されているのに、描かれている芸能界にものすごーく古い感じを受けるのはなんでなんだろう。「Wの悲劇」の頃の芸能界みたいだな~と思った。コンビニで売ってるチープな暴露漫画の世界のようでもある。
そもそも歌手活動がしたい主人公だが、起こす行動が楽曲製作とストリートライブのみ。それだけ??今はSNSでも動画配信でもなんでも、自分のやりたいことを発信しやすい環境になっているからでしょうか。そのような環境にシフトする前の日本芸能界が舞台だからこそ、古く見えるのかも。
もうひとつ気になったのは、主人公の佳奈が途中で悪魔に変身するのですが、このビジュアルがあまりしっくりきていない。
藤田恵名さんにはあんまり前髪を上げるヘアスタイルが似合わない(個人の感想です、髪おろしていたほうが好きだなあ)というのもあるし、ツノや翼がやたらとリアルなのもどう見ていいのか… 「かわいい」わけでもなく「おそろしい」わけでもなく、「闇落ち」しているわけでもなく、結果印象に残りにくい。「質感リアルだなあ」「ああ、悪魔っぽいね」という感想にしかならない。衣装にボンテージを着ていたのは予想通りすぎでした。要するに、かわいくもなくグロくもないので中途半端な気がする。
あともういっこ!
佳奈が歌声で命を奪うのが「枕営業の動画を流出・拡散させたクソ音楽プロデューサー」「そのへんにいたホームレス」「ライブを拒否したライブハウス店主」「佳奈の足を引っ張ったグラドルの後輩」というメンツなのが…ものすごくショボい。個人的な恨みを晴らしてもいいと思うんですが、ものすごく器の小さい感じがする。いや、彼女の世界がものすごく狭い印象がある。「ご近所物語」レベル(って、「ご近所物語」に失礼だな。あの名作恋愛漫画は手直なところで恋愛をしたくない!という主人公のあがきから始まるんだし)。
希望が奪われ、常に閉塞感があるからなのか?誰も信用できないほど裏切られたからなのか?
いや、脚本の問題だと思う。
しかしながら、この映画のパワフルさは評価されるべきだとも思う。
キャラクター設定も脚本もめちゃくちゃだが、そこが人を惹きつけているとも思うのだ。
脚本に感じた疑問は前述しているので、キャラクターについて触れておきたい。
私のお気に入りはマネージャーと社長、ファン集団。マネージャーは主人公の佳奈の暴走を止めようとする善人枠。佳奈のストリートライブでは、ギターを弾いてサポートしている。いや、マネージャーの貢献度がすごくない?? 休ませてあげてぇ!あと、ファンは「あいつら付き合ってんじゃねーの」とかやきもきしないんだろうか。
※2人は恋愛関係にはなりません。
この役を演じていた木口健太さんはしっかり演技がうまく、くたびれ気味だけど誠実であろうとするマネージャーをよく演じていらっしゃったと思う。
女社長のキャラも濃い。途中までは枕営業を佳奈に強要するなど悪人として描かれるが、佳奈の歌声を聞いて耳がつぶれてからは、反対に佳奈の妄信者となり異常に肩入れをし始めるというすごい役どころ。犯罪にも笑顔で手を染める。途中の手のひらクルー状態は昨今の映画・ドラマ・漫画でもなかなか見られないほどお見事です。
古参ファン集団は3人しかいません。ストリートライブに来ていた男2人、女1人のトリオ。のちに佳奈がゲリラライブを開催する時に、サポートバンドを呼んだり映像配信をしてくれたり衣装のデザインをしてくれたりと、とにかく役に立つ。
このファンがたとえば牛丼屋の店員とかだったら、ライブ会場で炊き出ししてくれたのかな。工事現場で働いているなら…ステージを建ててくれたんでしょうか? ちなみに、集まったファンは30人ぐらいなんですが、この人たちはなんなのだろう、エキストラなのかな??本当のファンに声をかけたのか??
ちなみに、二世俳優(川谷拓三の息子で朝ドラ出演→おくすりでいろいろあった→俳優として再起されて現在ちょこちょこお見かけします)の仁科貴さんがホームレス役で出ていてひっくり返りました。
ラストは佳奈が警察に射殺された女社長の遺体と、瀕死のマネージャーを抱えながら空を飛んでいる→そのまま落下してベチャ音 という終わり方。
誰もハッピーにならない。不幸にしか見えないんだけど、全員幸せ。うーん、狂った価値観。ただ、ものすごい狭い世界のなかで完結するのは別に悪いことではないとも思うし…
モヤモヤがすごいけど、言葉にするとどうにも陳腐になる作品でした。