ほろ苦いとかそういう基準を超えている。かといって、激辛というほどの“激情型”でもない。ただ、心のどこかが痺れるほどビター。
2020年に製作された邦画『鈴木さん』。
主演・いとうあさこ(あさこさん大好きです)。そう言われるとコメディ、せめてダークコメディなのか?と期待するも撃沈。明るい瞬間がビタ一文ない。
でも勘違いしないでいただきたいのだが、私はこの映画が好き。
中身は完全なるディストピア映画。
“カミサマ”なる国家元首を崇める世界線の日本では、未婚のまま45歳以上を迎えると市民権を剝奪され、放浪の身となる。もしくは軍隊に入るしかない。
45歳にもうすぐなるよしこ。介護施設で働きながら、軍隊に入隊した友達を見送る。自分はどうなるのか。迫る不安を振るい払うように働くしかない。
しかしそこに、謎の男性が現れる。よしこは彼を匿うことと引き換えに、結婚を迫る。無口ながら温厚な鈴木がよしこの生活になじんでいく一方で、「他国の工作員が町に入り込んだ」という怪情報が流れ始め…
という感じのストーリー。
ほのかにラブが芽生えるのかと思いきや、ラブコメめいた内容にはならない。あたたかい雰囲気も、ほっこりとした笑顔もない。
よしこも鈴木も表情が常に「無」。よしこは怒ることはあるが、笑顔をほぼ出さない。常にむっつりしている。よしこは鈴木に関しても「あら、ステキ(キュン)」とならない。この頑なさがいかにもこのキャラクターである、という印象も受ける。そんなに生ぬるく懐柔されないのだ。
一緒に買い物をしても、うどんを食べても、アイスを食べても、ドライブしても、まったく楽しくなさそうなのが滲みる。しかし、よしこがしたいのは結婚。恋愛ではないからいいのか。たしかに二人は年月がたっぷりしみこんだ中年夫婦のようだ。
この映画には胸糞が悪いシーンが多く存在するが、若者たちが年配の未婚男女をいじめるシーンには心が痛みましたね(なぜ映画やテレビでは、いじめるついでに動画を生配信するんだ…??)。そして彼らの述べたデタラメのせいでよしこが連行され、留置場に入れられてしまうのです。
鈴木はよしこを取り戻すべく、化粧をして(なぜかピエロのようなメイクをしている)自転車に乗って出かける。
実は鈴木さんこそ、逃亡してきた“カミサマ”だったのだ。しかし彼は町民たちの工作員狩り(クワなどを持って追いかけるザ・昭和スタイル)に遭い、事情を知る政府の人間が操作するドローンに撃たれ(麻酔銃か?)そのまま連れ去られる。
よしこは留置場から解放されるが、家に帰ると鈴木はおらず、記入された婚姻届けだけがぽつりと残っている。そこには名前の欄「鈴木」だけ記入されていた。
という、このオチよ!泣きそうになったわ。
しかも、政府の人間はカミサマを崩御させようと計画しているため、おそらく鈴木さんはそのまま殺されるのか、隠蔽されるのか…?
そしてよしこは結婚できないから軍隊、それとも追放…?
という設定をさらに加味すれば、より苦い結末に感じられる。センブリ茶なみだぜ、こいつは!
しかもおそろしいのが、この映画には「結婚して幸せな人・カップル」は登場しない。結婚している人たちの誰もかれもから、「なんとかおそろしい制度から逃れた、あとは私には関係ない」感がほんのりにじんでいる。
でもこの映画のいちばんよいところって、セリフでいちいち説明しないんですね。表情、会話の間、目線。そういったもので伝わる情報のなんと多いことか!映像美!高画質!キレイでしょ!!!!(という無言の圧力)とかいう映画ではないけれど、なんか心打たれるんだ。
あと、鈴木役の佃典彦さんがすごくよかったです。
ついでにもうひとつ、介護施設だけどラブホテルを転用した建物、ってのがよかった。廃墟っぽくてラブホ(しかもコテージスタイル!!!)って珍しいので、建物好きの方にもおすすめです。おすすめか??